はげの歴史【コラム】

ハゲの歴史

髪は女の命という言葉がありますが、男性にとっても髪は大切なものです。ニュアンスは少し違っていて、女性はきれいな髪であることが女子力のステータスの一部と考えられていますが、男性の場合は、髪そのものがあるかないかで男としての魅力に差が出るというのが一般的な考え方です。そして、男性にとってハゲは昔から大きなコンプレックスだったようですね。

はげに悩む男性が多いのは歴史をさかのぼってみても明白です。

紀元前からハゲに悩む男性が多かった

紀元前1550年頃のエジプトの医学書「エーベルス・パピルス」には、ハゲ薬の処方について記載されています。気になる薬の内容は、ライオン、カバ、蛇、猫、ワニなど、特定の動物の脂を混ぜて頭に塗る薬のようです。

実際にこの薬を頭に塗って毛が生えたかどうかはわかりませんが、古代エジプトの時代からもハゲに悩んでいた人がいたことがわかりますね。

ほかにも古代ギリシャ時代、医学の父として今でも名前が語り継がれる「ヒポクラテス」はハトの糞が薄毛に効くと主張し、哲学者のアリストテレスはヤギの尿を育毛剤として使用していたようです。ローマ帝国の皇帝シーザー(ガイウス・ユリウス・カエサル)もハゲに悩んでいたと伝えられています。

日本の江戸時代にもハゲに悩む男性はとても多かったようで、武士は禿げていてもできる丁髷(ちょんまげ)を結うことで隠していたという説もあります。さすがに江戸時代にAGAが原因で前頭部や頭頂部が薄くなるとは解明されていなかったと思いますが、薄くなる部分を見事に隠せる髪型として仕上がっていますね。
はげが進行すると丁髷が結えなくなることもあり、薄毛に悩む武士や庶民も育毛剤としてミカンや柚など柑橘系の植物を使用していたようです。

現代ではお相撲さん以外で丁髷を見かけることがないので、さすがにハゲ隠しで丁髷にできませんが、悩んでいる男性としては、江戸時代のようにハゲでもフサフサな人もできる髪型が流行るのは羨ましいですね。

どの方法も効果なかったのでは?

歴史からも分かるように、世界中でそれぞれ違うオリジナルの薬や発毛法が伝えられていますが、上に書いたシーザーは月桂冠を常につけていることを選んだようです。このことから推測できるのは、毛が思うように生えなかったのではないかということ。おそらく他のどの方法でも同じでしょう。

日本も同じで、いろいろな方法を試しても結局毛が生えずに隠す道を選ぶ人が多かったのではないかと思います。ハゲ隠しとして花や蔓(つる)を利用していた時代もあり、髪蔓(かみつら)=カツラの語源という説が有力なことからも推測できますね。

はげの悩みは今も昔も同じですが・・

はげに悩む男性が多いのは今も昔も同じですが、現代は昔とは比べものにならないほど技術が進化して、研究が進んでいますので、世界中で同じ治療や育毛剤が利用されています。おそらく、現代の治療方法がもっとも改善できる方法で、実際に改善した人が多いからでしょう。

そう考えると、はげを改善したくてもできなかった昔より、私たち現代人の方が改善の可能性が高い分だけ幸せなのかもしれませんね。


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